日米財務相緊急会談の真相であるが、一昨日、実はこんな報道があった。
ゆうちょ銀の資金、米国債で運用も 亀井大臣が見解
亀井静香金融・郵政改革相は3日、日本郵政グループのゆうちょ銀行の資金運用について、米国債や社債などに多様化していくべきだとの考え方を示した。郵政見直しではゆうちょの預け入れ限度額の引き上げも検討されており、亀井氏は資金の増加が見込まれるとして、運用先も広げるべきだとの立場だ。
亀井氏は記者団に対し郵政見直しについて「手足を縛られて営業をしているわけだから、現実にあった形にしていく」と発言。昨年12月末で約180兆円のゆうちょ銀行の貯金残高の増加が見込めるとした上で、米国債など日本国債以外の運用が「もう少し増えると思う」と述べた。ゆうちょ銀行は昨年12月末で約180兆円を有価証券で運用しているが、9割近くは日本国債で米国債はほとんどなく、社債も約12兆円にとどまっている。【朝日ドットコム 4日】
おわかりだろう。
小沢不起訴の背景には、米国債購入の取り決めが行われたのだ。
その具体的な話を日米財務相会談で行ったものと思われるのだ。
しかも、政府方針では、郵貯の限度額を3000万円まで上げる方針である。
つまり、間口を広げ、国民から資金をさらに吸収し、その郵貯マネーの一部を米国債購入にあてるというわけである。
さらにもう一つ、中井洽国家公安委員長の有識者研究会が会合を行い、取り調べの「可視化法案」を2年後に結論をだすとの報道があった。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20100205ATDG0504Y05022010.html
これも地検らへの見返りであろう。
これらの手打ちがあり、小沢は不起訴となったわけである。
この米国の戦略により日本はそれ以上に益することができるのか、小沢を生かしたためにしっぺ返しを喰うのか、日米の対決はさらに険しくなっていくことであろう
心に青雲 というブログからのコピペです。
日本人の礼儀正しさが失われてるのかもしれません。
ブログ主は武道の道場を開いてるようですが、その生徒さんとのやりとりを書いてます。
しばらく前から、中部大学教授・武田邦彦氏のブログを読むようになった。
氏は環境問題やエコロジーで、実に正論を述べていて注目される本を多数出している。『つくられた環境問題』『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』『偽善エコロジー』などなど。
その氏のブログは以下である。
http://takedanet.com/
その中から一つ「陽気な日本人」の一節を紹介する。これは以前、本ブログでも紹介した『逝きし世の面影』(渡辺京二著)が取り上がられている。
* *
ボーヴァワルはオーストラリア、インドネシア、タイ、そして中国と旅行をした後、日本にやってきた。そして、「日本はこの旅行全体を通じ、もっとも美しい国だった」と書き記している。
そしてその理由として、それは美術品が美しいとか、風景が綺麗だということではなく、民衆の陽気さ、活気、軽妙さだと言う。
(中略)
「日本人は地球上、もっとも礼儀正しい民族」であり、
「日本人は、親切と純朴、信頼に満ちた民族」と言っている。
* *
ボーヴァワルという男は、実に正確に日本人を観察したのだ。
これが日本人であった。
武田氏はなぜ、日本人は陽気で幸福だったのか? と問い、「それは、「国」と「歴史」があったからだと私は思う。」としたためている。同感だ。あとは氏のブログを読んでいただくとして、こういう文章を読むと、私は今の自分自身を含めて日本人のありようを思うと、「たぎり落つ 悔し涙」になる。ほとんどが失われたからである。
「日本人は地球上、もっとも礼儀正しい民族」と言われて、皆さんはどう感じますか?
身内の恥をさらすようで本当は言いたくはないが、礼儀について悲しくなることが起きた。わが道場では道場生に1月某日に新年会をやりますと、1か月半も前にメールで連絡した。
ところがほとんどの人間が数週間経過しても何も返事を寄越さない。
私は呆れてものも言えない。
かくのごとく、もう「日本人は地球上、もっとも礼儀正しい民族」は壊滅したのだと嘆かざるを得ない。
わが道場の、普通の日本人が身をもって、日本人のひとりとして、礼儀を潰している。
彼らは忙しいとか、まだ予定がたたないと思って、返事をしないのだろう。
しかし、電話なりメールなりで「残念ながら欠席します」でもいいし、「出欠の返事は○○日にします」でもいい。なんでただちに返事を返さないのだろう。たったそれだけのことなのに。
先生も幹事の人間も困る、という事態をなんで考えないのか。
「日本人は地球上、もっとも礼儀正しい民族」これがわれわれの誇りではなかったか。
確かにアメリカによって、日教組と文科省によって、旧き良き日本は破壊された。だが反面、そうやって誇りを失ったのは、日本人自らの手によってである。
礼儀なんかどうでもいい、そういう国民性にまたたく間に転落した。
ある道場生に「新年会は出席できないか」と尋ねた。
するとその人間は、仕事は深夜から未明なので、新年会が夜の早い時間だから出席は可能であるが、「宴会に出てから仕事に行かねばならない。となると酒が飲めない。酒が飲めなければ面白くないのだから私は欠席します」と言い放った。
そこに礼儀のひとかけらもない。木で鼻をくくったような返事だ。
彼の言い分もわからないわけではない。私は何がなんでも酒席に出ろと言うのではない。人それぞれ事情はある。
しかし「酒は飲まないが、顔だけは30分でも出したい、それでいいでしょうか?」と言うのが、本当の日本人の「礼儀」である。
もし彼がそう言ったとしたら、私が「おおそうか、じゃあ30分だけ顔をだせ」と言うと思っているのか?
長いつきあいだというのに、わかっていない。私が「いや、それには及ばない。仕事に専念してくれ。大変だね」と言うとは思わんのか…と情けなくなった。
それが礼儀だということをまったく分かっていない。
あるいは、「仕事で出席できないが、会費だけは払います。申しわけないがそれで勘弁してください」と言うのが本来のあり方だ。
だが、これは本当にカネを出せという意味ではない。
仮にそう申し出たとすれば、「いやいや、それには及ばない。カネは出さんでいいよ、仕事ご苦労さん」と私や幹事が答えることになる。
それが日本の美しいシキタリだ。それが暗黙の了解として日本にはあった。それがお互いの配慮というものであった。
私は仕事を休んで酒に付き合え、と無理を言っているのではない。
欠席でもいい。なにも私は出席しないことを怒っているのではない。
礼儀を尽くして欠席してはどうなんだ、と言っているに過ぎない。
こういうやりとりを、幕末に来日した外国人は見たのだろう。そんな気配りが社会にない西洋人は仰天、感嘆したはずである。
だから「日本人は地球上、もっとも礼儀正しい民族」と褒めたたえたのである。
西洋人は、この『逝きし世の面影』に登場するような純朴・善意(?)の西洋人は稀であろう。
本来的に西洋人は、他人、それも異民族とみれば、奪い、騙し、殺すものなのだと思っている。だから「即自」だけではやっていられない、必ず「対自」で(対決として)考えるようになる。「他」というものを情緒でなく理屈で考えるように教育される。そうでなければ、あっという間に敗者にされる。
おそらく西洋人にとっては、礼儀とは打算でなすものなのだろう。
日本人はもう理屈ではない、暗黙のうちにわかる。和をもって貴しとなす、だ。以心伝心だ。そこが美しさではあるが、同じ日本人どうしでしか通用しないという弱点にもなる。
西洋人にしてみれば、善意の塊のような日本人は「鴨がネギを背負って歩いている」としか見なかった。支那人も朝鮮人も同様に日本人のお人好しを嘲笑った。江戸期の鎖国によって形成された日本人のプラス面とマイナス面であろう。
先ほどの例でいえば、
「出席できないが、会費だけは払います」と言えば、
「カネはいいですよ。その気持ちだけで、ありがとう」
となるのが日本人同士であったのに、近代以降、西洋や支那・朝鮮と相互浸透し、あろうことか、「ああそう、カネは出す? わかった会費5000円ください」となってしまった。
そうやって日本人の礼儀は壊れた。日本人は腹黒い世界を相手に、人がいいだけの間抜けになった(ODAを見よ)。その結果、日本人同士も以心伝心の能天気な礼儀よりも、西洋人や支那人のごとくに世知辛くなったのだろう。
そうやって私たちは「地球上、もっとも礼儀正しい日本人」を捨てたのだ。わずかに残っていたのが、先般本ブログで紹介した日本航空のクルーの自衛隊員との美しい交流だったが…(「日航クルーと日本人のまこと」 09年12月18日)
だが、「他共同体との対峙」においては、能天気日本人であってはならないが、日本人どうしならば旧き良き共同体のシキタリ=礼儀は残したほうがいいのではないだろうか。
メキシコの田舎町。
海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」と尋ねた。
すると漁師は「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。
旅行者が「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、漁師は、「日が高くなるまで
ゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。夜になったら
友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」。
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、
きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな
漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていく
んだ。やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工
工場を建てて、そこに魚を入れる。その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」
大阪は生活保護で滅亡する
1,260(税込)
発売日:2005-08
「景気が回復すれば」とか「就職できれば」とか言うんだが、景気なんか永遠に回復しないし、就職も永遠に出来ないものと思ってりゃ間違いないですね。生産過剰で労働力も過剰なんだから、もう、「出産可能なオンナは働いちゃいかん」という事にしたらいいと思います。少子化も解消されてウハウハです。
【行政】生活保護3〜5年で打ち切り検討…大阪・平松市長「たばこを吸いながら『この仕事は僕に合わないから』みたいな人は、出て行け」
★生活保護3〜5年で打ち切り検討 大阪市長、国に提案へ
全国市町村最多の生活保護受給者がいる大阪市の平松邦夫市長は25日、「働ける人が大阪市で生活保護を受ける場合は市の仕事をやってもらう」などと述べ、働ける受給者に仕事を提供する一方、一定期間内に市の仕事も就職活動もしない場合は保護を打ち切る「有期保護」の導入を検討していることを報道陣に明らかにした。
一定期間は3〜5年程度を検討しているが、打ち切るには生活保護法の改正が必要なため、専門家と協議して年内に市案を国に提出する。自立を促すための有期保護制度は2006年、全国知事会と全国市長会が提案しているが、生活保護は「最後のセーフティーネット」だけに、今後論議を呼びそうだ。
市によると、働けない事情がなく、仕事が見つからない20〜50代の受給者に放置自転車撤去などの仕事を提供する。現行法では、賃金の額に応じて受給者の保護費が減額されるが、賃金の一部は本人の実収入になる。
また、業者が保護費の大半を家賃などとして吸い上げる「貧困ビジネス」に対抗するため、保護費として家賃分の住宅扶助を出す代わりに市営住宅の空室を提供することも検討しているという。